ママのたまご記5

 

 私は、保険会社指定の診療所で、妊娠の経過なんかを観てもらっているわけだが、そこには産む設備はないので、どこでどう産むかは、妊婦本人の選択となる。私の場合だと、担当の医師が、私の妊娠の経過を、臨月が来た頃に、産む病院に郵送にて知らせ、予約することになる。 

 チューリッヒ市内で出産するとなると、家に助産婦さんに来てもらうとか、助産院で産むとか色々選択肢はあるけれど、私は、ごく普通の、総合病院の産科で産むことにした。助産院で産んだ義姉は、夜中2時頃に出産してその日のお昼に自宅に戻ったらしい。そんな早々に新生児と一緒に家に戻るのは、もしもの事とか考えてしまって、何か嫌だった。それに、私の性格としては、自宅にいると、家事のこととか、やりかけのこととか何か気になってしまうような気がして、そんなことから離れたいこともあったので総合病院にした。と言っても、日本より入院期間は数日短く5日ほどだ。  

 そんなことで、病院が決まって、私は早速、いまいち乗り気でない主人に発破をかけ、その病院が主催する出産準備教室に通うこととなった。教室は、週に2回あり3週間続く6回コースで、1回2時間である。  講師はその病院に勤める助産婦さん。助産婦さんはドイツ語でHebamme(ヘバメ)と呼ばれる。結局私の出産を助けてくれた何人かのヘバメはみんないい人達で、私はいつもヘバメさまさまと感謝していた。 教室のヘバメは、私は第1回目で大好きになった。女性としても、人間としても、母親の先輩としても今でも尊敬している。  

 さて早速、教室の方だが、やはりチューリッヒ、参加しているカップルも多種多様である。全部で8組だったが、スイス・スイスカップルは3組。後は、スイス・イタリアカップルが2組、ナイジェリア・スイス/イギリス(2重国籍)カップルが1組、イタリア・トルコカップル、そして私達だ。と言っても、イタリア、トルコ人はいわゆるセカンドジェネレーションで、産まれたときからスイスに住んでいるので、実質ナイジェリア人の女性と私だけが外国人である。でかいお腹をした女性と、そのパートナー、そしてヘバメが居る教室の中はなんだかおかしかった。女性陣は、もう臨月に入っていることもあって、お互いに「予定日いつ?」「腰が痛くって、大変よー。」「足首が浮腫んでパーンパン。」などと、笑顔の文句。男性陣は「(パートナーが)いつも食べててさー。」「横に妊婦が居ると眠りが浅いよなあ。」なんて話している。  

 簡単に、授業の内容をば。  

 赤ちゃんはどういう状態で今お腹の中にいるのか。

 産まれてくるときにはどこがどうなって、赤ちゃんはどういう風に動いて出てくるのか。

 むくみ、痔などに有効な食べ物など。  

 どういう痛みや症状があれば、病院にいよいよ来るときなのか。

 陣痛の逃し方の様々なポーズ。リラックスの仕方。

 陣痛の際病院で出来ること。(シャワー・アロマセラピー・散歩・など)  

 産褥期の過ごし方。授乳に関する色々。

 新生児とは。それを取り巻く家族について。   などなど。  

 毎回授業の始まりは、リラックスすることから。みんなで寝そべって音楽を聴いたり、お互いにマッサージしあったり。それから、上に挙げたようなことを習っていく。質問コーナーもあるのだが、やっぱり質問したいことは、答えるのが難しいとわかってはいても「陣痛って何時間ぐらい平均続くの?」「どれぐらい痛いの?」と差し迫った出産に対する不安が顔を出す。

 あなたの痛みに対するイメージは?今のあなた達2人の毎日のスケジュールを表にして、それが、子供が産まれればどう変わっていくか想像してみて!など、自分で考えさせる、一方通行でない授業だ。 また、未来の父親に対しては、ヘバメの選んだ、新聞などに載っていた記事を渡す。例えば、「今日君がこの世界に生を受けた」と題したある作家のエッセイなど。彼女の授業の進め方は、男性に対して、「あなた達も父親としての自覚を持たなきゃ駄目よ!」など押しつけるようなことが無く、私達にも、無理に不安を取り除こうとするのではなく、あるがままを受け入れるように教えてくれたり、本当に参加して良かった。

 授業の終わりも、音楽やマッサージなどのリラックスで閉めるのだが、お話を聞かせてくれるときもあった。そのうちの一つがミヒャエル・エンデの「モモ」だった。第四章「無口なおじいさんとおしゃべりな若もの」  

 道路掃除夫ベッポがモモに、とっても長い道路を受け持つときは恐ろしく長くてやりきれない、と言う。せかせか仕事をしても、ちっとも減らないものだから心配ですごい勢いで働きまくる、こんなやり方は駄目だ。一度に全部のことを考えるのじゃなく、次の一歩、次の一呼吸のことだけ考える。いつも次のことだけ、そうすると楽しくなってくる。こうじゃないとはかどらない。そしてふと気づくと道路掃除が終わっている。どうやってきたかは自分でもわからない。これが大事なんだ、こう言う。  

 この話を聞いたときは、みんなが来るべき出産の際、陣痛の時のことを考えていた。  

29/01/01